ビデオゲームは、単なる娯楽を超え、20世紀後半以降の人類文化に大きな影響を与えてきた。音楽や映画と同様、ビデオゲームもまた芸術的表現や社会的体験の場として拡張し続けている。ゲーム研究(Game Studies)の領域では、ゲームは「ルールに基づくインタラクティブなシステムであり、プレイヤーがその中で意味や体験を生成するもの」と定義されることが多い。ここでは、その誕生から発展、そして未来への展望までを振り返る。
1「黎明期 科学実験から遊戯装置へ」
ビデオゲームの歴史は、科学実験や技術開発と切り離せない。1950年代、コンピュータがまだ軍事や研究のための巨大な装置だった時代に、技術者たちが余暇やデモンストレーションのために作り出した簡単な「遊び」がゲームの起源とされる。
- 1952年:ケンブリッジ大学のA.S. ダグラスが、人間対コンピュータの「三目並べ(OXO)」をプログラム。コンピュータを遊戯の相手とする試みの最初期。
- 1958年:ウィリアム・ヒギンボーサムがブラウン管を使って「Tennis for Two」を開発。オシロスコープを用いたこの作品は、視覚的なスポーツゲームの原型とみなされる。
- 1962年:MITで開発された「Spacewar!」は、宇宙船を操縦し合う対戦型ゲームであり、学生たちの間で広がった。このゲームはコンピュータ文化の共有財産として、のちのアーケードゲームやパーソナルコンピュータ用ゲームに直結していく。
こうした黎明期のゲームは、「技術デモ」であると同時に「新しい遊びの可能性」の発見でもあった。
2「アーケード黄金期と家庭用ゲーム機の登場」
1970年代に入り、ビデオゲームは商業化される。技術者や企業が「娯楽産業」としてゲームを位置づけた瞬間である。
- 1972年:アタリが発表した「Pong」は卓球を模したゲームで、アーケードにおいて大ヒットを記録した。以降、喫茶店やゲームセンターは若者たちの新しい社交場となった。
- 1977年:アタリ2600が登場し、カートリッジ式ゲーム機の普及が始まる。家庭でも多様なゲームを楽しめる環境が整い、ビデオゲームはリビングルームの娯楽へと進出した。
一方で、1983年にはアメリカ市場において「ビデオゲームクラッシュ」と呼ばれる大不況が起きる。粗悪なソフトの氾濫や過度な期待の裏切りが要因であった。しかしこの低迷期を救ったのが日本企業である。
- 1983年:任天堂が「ファミリーコンピュータ(ファミコン)」を発売。手頃な価格と高品質のソフト群で世界市場を席巻した。
- 1985年:「スーパーマリオブラザーズ」の登場により、横スクロールアクションというジャンルが確立し、ゲームは国際的なポップカルチャーとなる。
この時期、ゲームは「一過性のブーム」から「文化的基盤を持つ産業」へと変貌していった。
3「90年代の多様化と競争」
1990年代はゲーム産業が多様化し、グラフィックや音楽の進化とともに「物語性」や「世界観」が重視されるようになった。
- 1990年:スーパーファミコン登場。16ビット機によってグラフィックとサウンドが大幅に強化され、「ファイナルファンタジー」「ゼルダの伝説」といった長編RPGが人気を集める。
- 1994年:ソニーの「PlayStation」が発売。CD-ROMを採用し、容量の大きな映像表現や音声演出を可能にした。これにより、映画的体験に近いゲームが登場する。
- 同時期:セガサターン、NINTENDO64といった3Dグラフィックス対応機が登場し、ポリゴンによる新しい表現が可能になった。「バーチャファイター」や「スーパーマリオ64」はその象徴である。
この時代はまた、ゲームが社会問題とも結びつくようになる。ゲーム依存や暴力表現を巡る議論が盛んになり、ゲームが単なる子どもの玩具から、社会的影響を持つ文化現象へと認識され始めた。
4「インターネットとオンラインゲームの隆盛」
2000年代に入り、インターネットの普及がゲーム体験を大きく変えた。
- PCゲーム市場では「Diablo II」や「Counter-Strike」など、オンライン協力・対戦が広がる。
- **MMORPG(大規模多人数参加型RPG)**として「Ultima Online」(1997)、「World of Warcraft」(2004)が爆発的な人気を博し、ゲームは「一人で遊ぶ」ものから「コミュニティを築く」ものへと進化した。
- 家庭用ゲーム機もオンライン接続が標準化され、Xbox LiveやPlayStation Networkが提供されることで、家庭のリビングから世界中のプレイヤーと繋がれる時代となった。
ここで重要なのは、ゲームが「社会的ネットワーク」として機能し始めた点である。友人や見知らぬ人と協力・競争し、ゲーム空間が新しい「公共圏」として作用するようになった。
5「モバイルとソーシャルゲームの拡大」
2007年のiPhone登場以降、スマートフォンはゲーム市場を再編した。
「Angry Birds」「Candy Crush」「パズドラ」「モンスト」など、短時間で楽しめるカジュアルゲームが世界中で流行。SNSとの連携により、ゲームはより日常生活に密接に組み込まれていく。課金モデルやガチャの普及は、新しい収益構造を生み出す一方で、射幸心を煽る仕組みとして批判も呼んだ。
6「現在と未来」AR、AI、そしてメタバース
近年、ビデオゲームは再び大きな転換期を迎えている。
- AR/VR:「ポケモンGO」や「Beat Saber」に代表される拡張現実・仮想現実ゲームは、身体性を伴う新しい遊びを提示した。
- eスポーツ:ゲームが競技化し、プロゲーマーや国際大会が登場。スポーツと同様の観戦文化が成立し、巨大産業として成長している。
- AI技術:NPC(ノンプレイヤーキャラクター)の高度化や自動生成コンテンツ、個人の嗜好に合わせたプレイ体験が実現しつつある。
- メタバース:ゲーム空間そのものが社会生活の拠点となりつつあり、「Fortnite」や「Roblox」では音楽ライブや交流イベントが開催される。ゲームと現実の境界はますます曖昧になっている。
ビデオゲームの文化的位置づけ
ビデオゲームは、誕生からわずか半世紀で世界最大の娯楽産業となった。その背景には、技術革新だけでなく、遊びを通して人間が「物語を共有し、競い、協力し、世界を拡張する」欲求がある。
今日、ゲームは教育、医療、福祉、軍事訓練、社会運動など多方面で応用されている。つまりゲームは「遊び」以上に、「人間の社会的営みを映し出す鏡」であり、「未来のコミュニケーションの実験場」でもある。
今後、AIやメタバースの発展に伴い、ゲームはさらに生活の基盤的インフラへと統合されていくだろう。遊びが文化をつくり、文化が社会を変えていく――ビデオゲームの歴史はその最前線を示している。
